陰と陽と、ふたつの魂魄がそろうとき、至高の魂と力が生まれる
それは永遠という名の力──
天の御子と地の御子の魂を得よ
人ならぬ身に、永遠の生命を授かりたくば──
序章 夏至
その美しい女性を初めて見たのは、七歳になった夏至の日だった。
朱夏と名乗った女の人は、蘇芳の髪と琥珀の瞳、そして象牙の肌を持っていた。
僕をじっと見つめていたその人は、やがて、独り言のようにつぶやいた。
「そなたが地のユリウスか」
「地……?」
これほど美しい人を見たことがない。そして、これほど恐ろしい人も、また──
「朱夏の名を知らぬか?」
僕は首を振った。
日は高い。
けれど、ざわざわと陽射しが翳っていくようだ。
夏なのに、手の先が冷たい。
この凍るような感覚は何だろう。
「……僕を、知っているの?」
深紅の大輪の花のように、その人は微笑んだ。
微笑んだ──? 否、嘲笑ったのか。
「そなたが生まれる前から知っておる。ずっと、そなたが成長するのを待っていた」
「……」
言い知れぬ不安と恐怖。
目の前の女の人を僕は見つめた。
神殿の女神像が息を吹き込まれ、生命を与えられたようにその美しい人は、古風な長衣を優雅にまとい、あでやかな、凍てついたような微笑を浮かべていた。
見つめ続けると時間がとまってしまいそうな、その一瞬。
まるで、その人の周りだけ、時間がとまっているようだ。
「あなたは、人間……なの?」
思わずつぶやいた僕は、はっとして口ごもった。
その人の美しい琥珀色の瞳の奥に、冷たい光が揺れたのだ。
「さて。何に見える?」
女神像に生命が吹き込まれたとしても、それは女神の降臨ではない。
彫像はあくまでも彫像で、もとは生命のないものなのだ。
その人は、身をかがめて僕の頬にそっと手を触れ、
「まだ時期ではない。一年後の夏至の日に、またそなたを迎えに来ようぞ」
ささやくように言った。
甘く透き通った声に、戦慄が走った。
そして、一年は瞬く間に過ぎ──
八歳の誕生日である夏至の日。
その三日前、僕は館を飛び出した。
そう、朱夏の手から逃れるために。
2019.4.12.