金銀妖瞳 [参]
白い猫又の少年・紫苑をつれた八尋たちは、村々を巡って、紫苑の双子の姉の情報を集めていたが、手掛かりがないまま、何日かが過ぎていった。
紫苑によると、姉の杏子は人の姿で攫われたらしい。
「おれたち、人間に売られたんだ」
と、紫苑は悔しそうに語る。
「飼われてた家の主人が亡くなって、やってきた親類だって男に猫又だって気づかれて」
「飼われてた?」
真尋が頓狂な声で聞き返した。
「おまえ、飼い猫なのか?」
紫苑はややばつが悪そうに口ごもる。
「か、飼い猫っていうか……ちょっと飼われてただけっていうか……」
「猫又ってのは山の奥に住んでいると思っていたが」
八尋が言うと、白い髪の少年は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「えっと……おれたち双子はまだ半人前だから、修行して来いって、山から出されて」
「半人前って、子供だもんな」
真尋が茶々を入れる。
「とっ、とにかく、いろいろあって、成り行きでおれと姉者は人間に飼われていたんだ」
「飼い主は紫苑が妖怪だって知ってたの?」
「尻尾が二股になってても、気にしない人間もいるんだよ」
だが、仔猫として杏子と紫苑を飼っていた老人が亡くなってから、葬儀に集まった親族の一人が、二匹が猫又だということに気づいたのだという。
「で、珍しいから高く売れるだろうと、そいつに捕まって──」
姉弟は別々に小さな木箱に閉じ込められ、珍しい猫又の仔猫として売られることになった。
仲介者の荷車に乗せられ、何日も飲まず食わずで運ばれた。そして、どこかに到着したある夜、紫苑が入っていた木箱が突如、叩き壊された。
「逃げるぞ、紫苑」
あどけない声。
それは人の姿に化けて逃げ出してきた杏子であった。
杏子は手に持った大きな石で木箱を壊し、紫苑を外へ出す。
だが、弱り切っている紫苑は人に化けるだけの妖力もなかった。
「みゃあ……」
物音を聞きつけ、商品である猫又の様子を見にやってきた男が二人、白い髪を肩まで垂らした少女の姿を見つけ、驚きに眼を見張る。
「白い……髪?」
「どこの子だ」
男たちを屹と睨む杏子の瞳が、夜の闇に妖しく金色に光る。
「おい、子供。おまえは白子か?」
「紫苑、行け!」
その声にびくっとなった白い仔猫は小屋の外へ走り出た。
と、同時に身を翻そうとした少女の腕を男が掴む。
「確かに白子の子供だ。これは売れるぞ」
「放せ、けだもの!」
「猫又が二匹ともいないぞ? 箱が壊されている」
「この子が逃がしたようだ。構わん。白子を捕まえれば、猫又より高く売れる」
捕らえた白子の子供を拘束するため、一人の男が杏子の腕を掴んだまま、縄を取りに行った。
杏子は男に引きずられる。
紫苑はいったん外へ逃れたが、自分を追ってこない姉の異変に気づき、様子を見に小屋まで戻ってきた。体力も妖力も消耗し、今の彼はただの仔猫よりも弱々しいが、姉を置いて行くことなどできはしない。
「ふみゃあっ!」
威勢よく近くにいた男の足に紫苑は噛みついた。
自分が囮となって男たちをおびき出し、その隙に杏子に逃げてもらおうとしたのだが、悲しいかな、紫苑にそれほどの力は残っていなかった。
「おい、猫又が一匹戻ってきたぞ」
「うわ、爪を立てたぞ。噛みつきやがる」
小さな躯を取り押さえようとする男たちに精一杯の反撃を試みるも、とうてい、敵わなかった。
「紫苑、逃げろ!」
小屋の奥から叫ぶ杏子の声が聞こえた。棍棒を持ってきた男が、それを仔猫の躯に振り下ろす。
昏倒させて捕まえようという腹だ。
「みゃっ!」
このままでは生命が危ない。
痛みに気が遠くなるのをこらえ、必死になって紫苑は逃げた。
ひとまずは人間が追ってこない場所に。
山の中へ。
暗い。
足を滑らせ、崖から落ちた。
猫又の少年が覚えているのはその辺りまでであった。
「そうして妖力を失って、いつの間にか、浮き島の山に迷い込んだってことだな」
その後、杏子は白子の子供としてどこかに売られたのだろう。
紫苑の記憶だけでは、大した手掛かりにはならなかった。
その夜、八尋たちは、ある村の民家の納屋にいた。
今宵はここに泊まらせてもらう。
薄暗い闇の中、長い尾を持つ真朱の鳥・蘇芳の体が仄かに炎を帯びたように光っている。その明かりのもとで顔を寄せ合い、今後の行動を相談していると、ふと、八尋が納屋の入り口のほうに眼を向けた。
「誰か来る」
慌てて白い髪の男の子が白猫の姿になる。
白髪銀目の子供の姿だと人里では目立つため、紫苑は人前では猫の姿をしていた。
しばらくして、納屋の扉ががたがたと開き、一人の男の子が顔を出した。
村の子供だ。
「ちょっといい?」
男の子は、扉を開けて納屋に星明かりを入れ、八尋、真尋、胡蝶を順々に見て、遠慮がちに言った。蘇芳はその身の光を収め、紫苑は胡蝶の後ろに隠れている。
「兄ちゃんたち、白い髪の女の子を捜してるって言ってたよね」
「何か知ってるのか?」
勢い込んで問う真尋を、八尋が片手で制した。
「知ってるっていうか……ちょっと、思い出したんだけど」
男の子はもじもじしている。
立ち上がった八尋が、男の子のそばまで行って片膝をついて、彼に目線を合わせた。
「何でもいい。何か気になることがあれば、教えてくれるか?」
「違うかもしれないんだけど……」
「いいよ、それでも」
八尋は男の子を落ち着かせるように穏やかに言った。
「あのさ、この間、旅の傀儡師が近くに来たんで、友達と見に行ったんだ。見世物とかいろいろあって、その中に──」
「白い髪の女の子がいたのか?」
またしても真尋が勢いよく言ったので、子供は困ったような顔をした。
「ううん、おれは見てないんだ。おれたちは奇術を見てたから。でも、白子の舞という出し物があってさ」
「白子の……」
「白子って、髪の毛とか肌とか真っ白なんだろう? 大人たちは、どうせ髪を白く染めただけのインチキだろうって言ってたから、おれたちもそんなもんだと思って、見なかったんだけど」
「そうか」
子供の顔を見て、八尋は真面目な表情でうなずいた。
「それに、女の子かどうかも……大人の女の人かもしれないし」
「それはそうだ。で、その傀儡師たちはまだ近くにいるの?」
「それ、何日も前のことだから」
「彼らは次にどこへ行くとか言っていた?」
男の子は首を横に振る。
「大きな町に行くとか……そんなふうなことしか覚えてないよ」
「そうか──参考になったよ。ありがとう」
八尋にぽんと頭を撫でられ、男の子は恥ずかしそうに笑った。
彼が納屋を出ていったあと、しっかりと戸を閉めて、八尋たちは黙って顔を見合わせた。真朱の鳥の体に光が戻る。
それが本当に杏子だとしたら、彼女は見世物にされてあちこちを移動していることになる。
「姉者だ。きっと、姉者だ」
紫苑が仔猫の姿から人の姿に戻って、興奮したように叫んだ。
「傀儡師を追ってみる価値はありそうだな」
「他に手掛かりねえもんな」
「でも、傀儡師たちがどこへ行ったか判らないんでしょう?」
蘇芳の放つ薄明かりの中、四人はじっと顔を見合わせる。
「……明日、蘇芳に妖気を探らせよう」
「妖気を?」
「それらしい妖気を片っ端から追いかけてみるしかないか」
八尋は考え込むように少しうつむいた。
「例えば、探索するのに二手に分かれるなら、おれと紫苑、真尋と胡蝶と蘇芳。三手なら真尋と紫苑、胡蝶と蘇芳、そして、おれ。それが妥当かな」
「合流するときに時間がかかるんじゃねえ?」
「おれもそう思う。せいぜい、二手だな」
眼と眼を見交わし、八尋と真尋はうなずき合った。
八尋が胡蝶に視線を移すと、胡蝶もしっかりうなずいた。
「とにかく、明日だ。みんな、今夜はしっかり休んでおけよ」
「うん」
蘇芳の発する朧な光の中で、それぞれは納屋の藁の上に思い思いに横たわり、眠る体勢に入った。
紫苑だけはそわそわと、なかなか寝付けない様子であったが、やがて仔猫の姿になると、胡蝶の背に寄り添うように身を寄せて、そっと眼を閉じた。
* * *
早朝の大気がひんやりと心地好い。
今日も快晴のようだ。
まだ朝日が昇って間もない頃、道端のお堂の中から、少女が一人、外へ出た。
三鈴だ。
傀儡師の一行は、旅の途中、このお堂の中で一夜を明かした。
一番に起き出した三鈴は、そっと外へ出て、広い場所に向かう。杏子との約束を守るためだ。
小高い丘を見つけ、そこに登って、懐から大事そうに土笛を取り出す。
そしてその笛を口につけ、力いっぱい、息を吹き込んだ。
……
土笛は鳴らない。
妖怪にしか聞こえないという笛の音を三鈴が確かめる術はないが、きっと、これが杏子の弟の耳に届いていると、信じて三鈴は笛を吹く。
囚われのお姫様のような美しい杏子が三鈴は好きだった。
杏子のために、朝方と夕方に広い場所で土笛を吹くことが、三鈴の日課となっていた。
2021.9.26.